第4話 Blowin' in the wind

(このコラムはしばらくの間、過去振り返り形式でお届けします)

7月下旬
山形R不動産の仲介担当 兼業農家ビギナーの水戸です。
7月下旬、その日は風が吹いていました。
朝5時前、朝焼けの空を眺めながら、赤いマシンに乗り込み、リンゴの消毒へ向かいます。
SS(スピードスプレヤー)の運転にも慣れてきて、少し余裕が出てきたのか、オレンジの空と遠くに見える月山や葉山を清々しく眺めたりしながら、
「オヤジ、俺たち家族がまだ眠っている頃、いつも一人でこんな景色を見ながら畑に向かってたんだな。オヤジの感じてた風を、オレもいま感じてるよ。ウウウ・・・・(泣)」
少しセンチメートルな気分に浸ったりして、それほど強くはない風の中、SSを走らせて行きました。

004_01.jpg朝焼けの空。夜明け前の澄んだ空気と風景は言い尽くせない爽やかさ。

兼業農家を始めて1ヶ月半、消毒もすでに5~6回こなし、どういうコースで回れば効率よく散布ができるか考え始めていました。前回、第2話で「果樹園貸します」生産者募集の告知をしたリンゴ園も含め、我が家のリンゴ園は2ヶ所、合計約1haあります。当然、まだ借り手がみつからない以上全て自分で消毒も行わなければなりません。リンゴの消毒は1回で約4,000リットル、ウチのSSは1,000リットルタンクなので、調合所に4回農薬を取りに行き、2ヵ所のリンゴ園を順に散布していきます。1回満タンで移動して散布まで約30分。効率よく回らないともっと時間がかかります。いつまでも週休5日なんて会社に甘えるわけにもいかないな~と思い始めたりもして、今日は効率よく回って消毒終わってから会社に出勤しようという、健気な目標をたてていました。

004_02.jpg第2リンゴ園(約40aつがる わい化栽培約200本)。夏リンゴの「つがる」、だいぶ大きく育ってきました。

〔農業ひとくちメモ〕
わい化栽培・・・樹高が高くならない性質を持った台木を「わい性台木」と言うが、これに穂木を接ぐことで台木の影響を受けさせて、わざと木の高さを小さく育てる栽培方法(高さ約2.5m)のこと。従来のリンゴの木(普通樹 高さ約4m)よりも高さは低く、横への枝の広がりも少ないため、太陽の光が木全体にまんべんなく当たり、果実はより色づきがよく甘くなる。また、直線で並列に並べて育てることで、栽培管理が格段に効率よくなる。普通樹と比べ一本の木からの収量は少なくなるものの、同じ面積に普通樹の大木の約6倍の本数の木を栽培できるので、果樹園全体の収穫量は増す。


そして、いつもどおりのコースで、第2リンゴ園から消毒を始めました。第2リンゴ園は「つがる」という品種のわい化栽培の園地でリンゴの木が直線に並んでいて、列と列の間を走行しながら両側1列ずつ散布します。従来のリンゴ園の場合、樹木ごとに枝の張り方や植えた時期による大きさも違いランダムな並び方になっていますが、わい化栽培は整然と直線に並べて栽培することで作業しやすい園地になっているのです。だから消毒のコースも直進して180度ターン、次の列を直進で戻ってきてまた180度ターン、を繰り返すことになります。少し慣れた勢いで、順調に消毒作業がすすみ、いつもより心なしか走るスピードも速い。
「よーし、今日は絶好調。この調子なら消毒全部早目にこなして会社にいったるぜ! いくぜSS!」

だが・・・・

ああ、神よ。あなたはなぜこんな健気な私を守ってくださらないのか。どうして、リンゴ園の奥に用水路をお作りになったのか。・・・・・・SSごと川に落ちました。大事件の発生です。

少しの「慣れ」が「慢心」となり「油断」に繋がる・・・わけですね。そりゃそーだ。いや、違うんです。そんなに、調子こいてたわけではないんです。一番実が育つこの時期、木の枝が果実の重さで下がってきて(柳の木的なイメージ)、枝のカーテン状になって前方が見えにくくなっています。直進してターンしなきゃいけないことはわかってるんですが、もうすぐだな・・・っていう目測を誤り、枝のカーテンの向こうには約2m位の通路(通常はこの通路でターンします)を挟んですぐに川がまっていました。

004_03.jpgリンゴの木の枝のカーテン。
004_04.jpgこのカーテンを潜り抜けると、その向こうには何がまっている? ・・・・・川。(たいした川ではないんですけどね)

もちろん、気づいてすぐにハンドルを左にいっぱいに切りましたよ、そりゃ。しか~し、ウチのSSは小回り重視で三輪タイプなので、その小回り重視が仇となり、いっぱいにハンドルを切ると、前輪は真横を向いてロック状態となりそのまま前輪スリップの状態で真っ直ぐ前進を続けたのです。
川といっても幅1mくらいの用水路ですが、ウチの畑よりも1mくらい低く、すぐにガクンっと前輪が土手を下り始めました。左にハンドルを切って車体が左斜め方向を向きながら落ちたため、右前が下に傾きます。SSのコクピット(運転台)は車体の右前にあるので、自分が一番低い位置に。
「ヤバい! このままSSが右に転がったらオレが潰される。農機具の横転で下敷きになって死亡事故なんて記事がたま~に新聞に出てるんだよな~。そういえば、草太にいちゃんもトラクターの下敷きになって亡くなったんだっけ。(ドラマ「北の国から」参照)」
こういうとっさの事態の時、人間いろんなことが頭の中を駆け巡るもんです。走馬灯のように。
ドサクサ紛れに急遽サイドブレーキを引き、脱出ボタンを押してコクピットから飛び出しました。
(すいません。ウソつきました。脱出ボタンなんてあるわけなく、エンジンキーを切ったのでした)
飛び出したといっても土手下に跳ね下りただけ。自分の後ろ上部にはSSの車体が。ここでSSが横転してきたら自分の上にくるっ! って両手で頭を抱えながら一瞬目をつぶりました。うわ~っ!

・・・・・それから、どれぐらいの時間が流れたのでしょう。(1~2秒ですけど)・・・・・生きてる!!
恐る恐る後ろを振り向くと、間一髪、SSの車体は川の土手部分でコクピット側を下に斜めに傾いた状態で止まっていました。まだ600リットルの農薬がタンクに残っていましたから、もし横転していたら間違いなく下敷きになって潰されていたでしょう。奇跡の生還です。ああ・・・神様、ありがとう。

004_05.jpg最後の枝の向こうには、幅2m位の通路。そのまた向こうには・・・。早くターンしなくちゃ!
004_06.jpgこの辺に落ちました。(リアルタイム画像ではありませんが、現場検証の画像。わかり難いですが)

しばらく、土手で斜めに傾き静止しているSSを呆然と見ていました。まだ今日の消毒の予定は3,000リットル以上残っています。農薬調合組合の調合所では、すでにウチの分の農薬残り3,000リットルをつくって私が取りに行くのを待っているはずです。でも、土手に落ちているSSは自力で脱出するのは到底無理。まだ、朝5時30分。農機具屋さんも電話は通じません。あちこち連絡を試みましたが、こんな早朝に誰も助けにきてくれるはずもなく、「何? 川に落ちた? ・・・わはっはっは」と笑われる始末。とんだ恥さらしです。為すすべももないまま時間が過ぎていきます。一応、トラブルを母にも連絡し、しばらくすると母から「G自動車の社長に頼んだから、今から行くって」という電話が。すぐに、父もお世話になった地元の自動車修理工場の社長がランクルで登場。正直、「農機具を自動車屋さんに頼んで、なんとかなるのか?」という不安もありましたが、さすが地元で50年自動車修理工場を営む社長、邪魔なリンゴの枝をチェンソーで切りながら、畑の一番奥の事件現場までランクルで入って来て、「ウインチで引っ張っから、ワイヤー車体につなげ」って泣きそうになって呆然と立っていた私に、ぶっきらぼうに声をかけ、土手を引っ張り上げるときに車体の下に引っかかりそうな石垣とかを黙々とバールで取っ払い、「どれ、上げてみっか」と淡々とランクルのウィンチを巻き上げました。すると、どうでしょう。簡単には上がりそうもないと思っていたSSの車体がみるみるうちに土手下から引っ張り上げられてきたではありませんか。やっぱり、長年地元の農家を相手に自動車屋さんを経営し、いろんな事故処理をしてきた経験はすごい。G社長、あっさり片付けて、
「ほら。SSどこも壊れてないみたいだから大丈夫だ。消毒、まだあるんだべ? 気をつけてやれ」
って、動揺でお礼もまともに言えてない私を尻目に、格好よく去って行きました。まだ、朝6時30分。気づくと、まるで何事もなかったように、畑にはSSと私一人だけポツンと取り残されていました。

「今の事件は何だったんだ? でも、よかった~。SSも傷はついたけど無事だし。それにしても消毒、あなどれないな。農業機械、恐るべし。あと少しで死ぬとこだったし。・・・うへぇ・・・怖ぇ(泣)」
何やら、SSで消毒中に川に落下という事件も、その後の事故処理も、あわただしく1時間程の間に片付き、我に返ってみると動揺だけ大きく残っていました。こんな状態でまた消毒なんて続けなきゃならないのか? 今日はとにかく家に帰って落ち着きたい、という心の叫びもかなわぬまま、誰にも文句も愚痴も言えないまま、泣きながら(マジで)また消毒を続けるしかないのでした。
残りはビビリながら、当然ゆっくりやりましたよ。そして、今日も、会社へは行けないのでした。
・・・・・・・
朝の畑に、爽やかな風が吹いていました。
「オヤジ、頼りない息子でゴメンな。大事な機械傷つけてゴメン。 オレ、こんな調子で農業続けられるのか? いつになったら、一丁前の兼業農家になれるんだ? オヤジ・・・・・」
父が答えてくれるはずもなく、ただ風が吹いていました。
そう、答えは風の中にあるのでしょう。


つづく


〔農業一口メモ〕
風が吹いているときに消毒する?・・・通常、風があるときには消毒しません。農薬の噴霧が風に飛ばされて周囲の他の種類の果樹などにかかって薬害などをおこしてしまう恐れがあるからです。だから通常消毒は風の少ない早朝にやるんです。このお話の中での「風が吹いていた」という表現は、あくまで演出です。

このブログについて

山形R不動産仲介担当の水戸靖宏が、ある日突然兼業農家になり、戸惑い、苦悩し、時折愚痴を言いながらも、楽しく農地と向き合っていくストーリー。後継者不足で増え続ける空き農地。山形R不動産では物件ばかりではなく、農地や農業も紹介してしまうのか!?

著者紹介

水戸靖宏(千歳不動産株式会社常務取締役)
山形R不動産における不動産仲介業務担当