第10話 Smoke on the water

(このコラムはしばらくの間、過去振り返り形式でお届けします)

9月中旬
9月の中旬を過ぎても、まだ30℃を超える猛暑が続き雨はほとんど降りませんでした。
ちょうどその頃は四国や近畿地方に台風12号が上陸し、紀伊半島付近では観測記録を更新する記録的な豪雨によって浸水や河川の氾濫、土砂崩れなどの被害が甚大で、世界遺産が土砂に埋まったり、せき止湖の決壊が心配されたりと、大雨の被害が報道されていた最中、実は山形では雨が降らず干ばつによる農作物への影響が心配されていました。

JAからも「果樹への干ばつの影響が心配されるため乾燥がひどい園地では灌水作業しましょう」的なチラシが回ってきており、まだまだ果実の成長途中である10月収穫のラフランス、11月収穫のリンゴなど、水不足によって成育不良(果実が大きくならない)を起こすことが懸念されます。
ウチでも、まだ水かけ作業を続けていました。
プランA:灌水ポンプで川から水を汲上げて果樹園に水かけ(9話参照
プランB:ポンプで井戸から汲上げて水かけ(近くに川がない園地には井戸が掘ってある)
プランC:川も井戸もない園地には、井戸からSSのタンクに汲んで運んでって水かけ

A、Bはポンプにホースとスプリンクラー繋いで設置しておけばいいので楽なのですが、Cは大変。
ここでもまた例のSS(スピードスプレヤー)が登場します。SSのタンクは1000リットル。JA推奨の灌水作業は果樹成木1本につき500リットル。SSタンク満タンで片道5分の畑に水を運んで2本の木にしか水かけできない。水かけが必要なラフランスの木は約100本。
・・・・・ご、50往復!・・・・・何日かかるんだ?

010_01.jpg第2サクランボ園とSS。ここに井戸があり、SSに水を汲みます。

暑さの中、気の遠くなる作業を行っていました。渇ききった畑は少しぐらい水をかけてもアッという間に浸み込んで、どこに水かけたかもわからないぐらい。それでも地道に黙々とSSに井戸から水汲んで、ラフランス園に移動し、端から木の根元に500リットルかけ、次の木に500リットルかけ、また井戸のある第2サクランボ園に移動して水を汲んで、・・・・・・・・プライスレス。エンドレス。
10往復ぐらいして、いい加減ちょっとメゲてきて、木の根元のすぐに浸み込んで消えていく水たまりの水面に、黒い煙が立ち込めてきたような気がした、ちょうどそのとき、事件が発生しました。

突然、けたたましく携帯のベルが鳴りました。(ベルって言う?)
井戸のあるサクランボ園の奥の、第3りんご園で別の作業をしていた母から。
「副社長、骨折したがら 医者さ ちぇでいってくっはげな。」
(日本語訳 「副社長が骨折したから病院に連れて行ってくるからね。」)
はあ?・・・・・こ、骨折? ・・・・・ 事件です!(またか)

副社長とは弟ですが、話を聞くと、腐乱病という病気に感染して枯れてきたリンゴの枝を、弟がチェンソーで切ろうとして上った脚立の最上段から落下し、左腕手首を骨折した、ということのよう。
「大丈夫なのか? どんな様子?」と聞くと、
「なえだが、手おだっだあて言うがら見でみだれば、手首どごが向いっだけがら、骨折だべな」
(日本語訳 「なんか、手が折れたっていうから見てみたら、手首がどっか向いてたから、骨折ね」)
手首が?どっか向いてた? ・・・・・ 大惨事です!

とにかく、病院で手当してもらうしかないわけで、母が運転して連れて行っているので、私は呆然と診断結果の連絡を待つしかありませんでした。というか、呆然と待ってても仕方がないので、事件現場へと行ってみました。

010_02.jpg今回の事件の現場、第3リンゴ園(約20アール ふじ30本)。木の中央最上部が切り口。画像は再現です。

切ろうとした枝は、樹齢40年位の大きな古いリンゴの木の一番高い枝の上部で地上4m位あり、枝が横から下方向に下がって伸びていて枝の付け根から枝先まで全長3m位の大枝です。その大枝に腐乱病と思われる枝枯れが出てきていました。腐乱病とは果樹の病気で、感染すると枝が枯れ始め放置しておくと木全体が枯れてしまうという恐ろしい病気です。病気の感染を防ぐため、水かけ作業の合間にその枝を切るつもりで私がチェンソーを畑に持ってきていたのでした。

この日は弟に手伝ってもらう予定はなく、たまたま畑に立寄った弟が「枝一本切るくらい手伝うよ」っていう軽いノリでチェンソーを手に取り、脚立の最上段(6尺脚立なので2m弱)に上り、全長3mの大枝の付け根から一気に切ったところ悲劇が起こりました。
全長3mの大枝ですから付け根部分の直径が30cm位あり、この枝だけで100kgは超える重量。
しかも枝が真っ直ぐなはずもなく、曲がってよじれて蛇行して歪んでいる形状。それを付け根から一気に切り落とした場合、約3m以上の高さから地面に落下した枝はどういうバウンドをするのか、予想できたもんじゃありません。
「切った枝が落ちる場所から避けて脚立を立てたんだけど・・・」
と後で弟が言っていましたが、実際に枝を切り落とすと・・・

おお・・・神よ。あなたはなぜ、次から次へと我が家に試練をお与えになるのか。
どうして、切り落とした枝に予想外のバウンドをさせたりなさったのか。
・・・・・ 歪んだ大枝は予想に反したバウンドの結果、あろうことか脚立を直撃しました。

両手にチェンソーを頭の高さで構え脚立の最上段に立っている弟もろとも、脚立はひっくり返りました。今までチェンソーで枝を切ってた最中ですから、チェンソーのエンジンはかかったまま。あまりにも一瞬の出来事に、当の弟も何が起こったのか、その瞬間どんな体制で落下したのかもわからず、ふと我に返ると切り落とされた大枝の上に倒れていました。よろよろと起き上がると、無残にも倒れた脚立の横にチェンソーが転がり、エンジン音が空しく響いていました。
・・・・・ そして、手首が変な方向を向いていた、という訳です。

010_03.jpgまた出た、スーパー営農メカ「チェンソー1号」。今年買ったばかりのZENOAH プロ用チェンソー、強力です!

そして私が現場検証したり、切り落として脚立をぶっ倒した大枝を片付けたりしていると、治療を終え病院から母と戻ってきた弟の手首には、痛々しく石膏で固められたギブスが。・・・ああ、弟よ。。

結果は予想通り、手首の複雑骨折、全治3ヶ月。でも、たまたま母が運び込んだ病院に、整形外科と接骨の専門の先生が、たまたま救急当番で待機していてくれたため、通常は手術を要する程の複雑骨折を上手く治療してくれて、手術しないでもすみそうです。(らしいです)
チェンソーのエンジン吹かしてる状態で2m以上の高さから叩き落され、奇跡的にもチェンソーによる怪我はなく、手首の骨折だけで済んだのは不幸中の幸いでしょう。もしチェンソーの刃が頭に直撃してたら、もし手足に当ってたらなんて考えると、ジェイソンに襲われるくらい怖いです。
しかも、私がやるつもりだった作業。たまたま弟が私の身代わりに?
手首に固められたギブスの中が、蒸れて痒くてたまらず、細い定規をギブスの隙間から差し込んで掻き掻きしているマヌケな姿は、今ごろ私の姿だったのかもしれません。

今まで長年のあいだ、美味しいリンゴを実らせてくれた枝をあっさり切り落としたことへの罰が当ったのでしょうか?・・・リンゴの神様、ごめんなさい。
またまた笑い事ではない事態に、「農業はそんなに甘くないぞ、なめるなよ! 真剣にやれ!」って自分が言われているようで、雲の上から警告された気分でした。

みなさんも、全長3mの大枝切る時は、枝先の方から1m位ずつ3回に分けて切りましょう。ね?


つづく

このブログについて

山形R不動産仲介担当の水戸靖宏が、ある日突然兼業農家になり、戸惑い、苦悩し、時折愚痴を言いながらも、楽しく農地と向き合っていくストーリー。後継者不足で増え続ける空き農地。山形R不動産では物件ばかりではなく、農地や農業も紹介してしまうのか!?

著者紹介

水戸靖宏(千歳不動産株式会社常務取締役)
山形R不動産における不動産仲介業務担当