2012.11.26

第34話 (Sittin' On)The Dock of The Bay

水戸靖宏(千歳不動産株式会社)
 

2012年 10月下旬
なんとか今年も、ラ・フランスの収穫を終えました。
リンゴの収穫まで、あともう少し。

10月下旬、朝の空にも秋の深まりが感じられます。

ここで、これから農業を続けていく上で、重大な決断をしなければなりませんでした。

・・・来年もラ・フランスを作るのか。。

収穫を終え,果実のなくなったラ・フランス。安堵感の反面、寂しくもあります。。

・・・作ることができるのか、と言ったほうが正しいかも知れません。

実は、この問題については、いま急に行き当った訳ではなく、今年の春から母や家族と相談してきたことなんですが。

昨年までより、リンゴは大幅に減らしましたがサクランボ、ラ・フランスは以前と同じ面積。
繁忙期には家族やアルバイトさんをお願いして人手を確保していますが、通年継続して管理するには兼業の私と母の二人だけでは、これでも面積が大き過ぎるのです。

前話でも触れましたが(第33話参照)、春から夏にかけ繰り返し何度も手をかけなければならない摘果作業は、ほとんど毎日園地を周る作業で、私は土日以外は会社へ出掛けているために、ほぼ母に頼るところが多くなっていました。

サクランボは6月、ラ・フランスは10月、リンゴは11月、と収穫の時期は違いますが、4月下旬から5月上旬に全ての果樹がほぼ一斉に開花、その花が受粉して着果した後は、サクランボもラ・フランスもリンゴも全て摘果作業を始めなければならないため、この5月から8月が一年で一番忙しい時期になるのです。

さらに、6月中旬から7月上旬にかけてはサクランボの収穫も重なります。現実的には、
5月 開花→田植え→摘果、6月 摘果→サクランボ収穫、7月 サクランボ終了→摘果、
と、隙間なく、ほとんど休みなしでお盆前までに仕上げなければなりません。

このタイトなスケジュールを昨年まで専業で父と母が二人でこなしてきた訳で、今年は母一人に二人分の負担をかけていたことになります。母も既に70代、負担が大き過ぎます。

母は、自分一人では毎日の管理は無理なことと、私が会社の仕事と掛け持ちして本業である会社の仕事の足を引っ張ることを心配し、ラ・フランスは今年でもう止めた方がいいと思っているようでした。

母も私も休みなく働いても兼業の作業には限界があり、農家の仕事も会社の仕事もどちらも中途半端になる。そうなる前に、無理な部分は諦めて面積を減らすべきだと。

父のいない今、将来不安定な農業を続けるよりも、サラリーマンとして会社に勤めていられるのなら、本業の会社の仕事を大事にするべきだと。。

・・・まさに正論。

理屈ではその通りだと、自分も思います。

こうして、日本の農家はますます減っていくんですね。
兼業農家を始めて1年半、早くもこの国の農業の現実を、身をもって痛感しました。

・・・でも、本当に自分はそれでいいのか?

理屈では納得しても、そんな簡単に諦めきれません。
30数年前、父が植えここまで育て、その恵みは間違いなく私や家族を養ってくれました。

・・・自分の力不足で、その樹を切るしかないのか?

・・・そして、農業の未来はどうなるんだ?

父への申し訳なさや、突然兼業農家になって自分なりに本気で取り組んできたからこそ感じ始めた農業への思い、様々な思いと葛藤が渦巻いていました。

が、結論は、・・・またもや母があっさりと優柔不断な思いを吹き飛ばしてくれました。

「今の家族の生活を一番に考えて、負担が大きすぎるなら迷わずに減らした方がいい。
そして将来、もしお前が農業を専業でやるなら、その時また樹を植えればいい。
自分たち(父と母)も、そうしてきたんだよ。」と。

たしかに、畑を売ってしまう訳ではないので、やろうと思えばまた一から始められる。
だから、今できることのベストを尽くせばいい。
母や家族の負担を少しでも減らしていけたらいい。

・・・うん、それでいい。

という訳で、前段がだいぶ長くなりましたが、ラ・フランスの樹を切ることにしました。

母はラ・フランスは全部止めたがっていましたが、それには自分が抵抗し、ラ・フランスの半分を伐採、ラ・フランス園、40アール(約100本)のうち20アール(約50本)は残します。

伐採前のラ・フランス園。

長い間ありがとう。お疲れさま。

そうと決めたら、リンゴ収穫で忙しくなる前に伐採を完了しなきゃなりません。

よ~し、経営者として躊躇せずに自分で切ってやる!切るっていったらどんどん切る!

伐採はもちろん、「弟が脚立から落ちて骨折事件」(第10話参照)で登場したチェンソー。

下部の細い枝から切り落として、・・・

幹を1.5mほど残して、最後は大枝を切ります。

最後、重機で抜根する時に引っ張りやすいように幹を1.5m程残して、枝を全部切ります。

最高部で4m以上の樹なので、切った大枝の下敷きにでもなれば危険です。下手すれば骨折では済みません。どこに倒すか、どこに枝を落とすか計算しながら、慎重に慎重に。

切って、切って、切りまくって・・・

・・・でも、痛々しい光景が広がってます。。

躊躇せずに・・・とは言っても、一枝一枝チェンソーの刃を入れるたび、だんだん広がってくる痛々しい光景をみるたびに、「ごめんな。・・・今までありがとうな。」と心で繰り返し。。

自分がチェンソーで枝を切り、妻と母と叔父が切落とした枝を集めて片っ端から燃やします。

みんな口には出さなくとも同じ思いだったのでしょう。寂しい作業を黙々と繰り返しました。

切った枝を片っ端から。生木、よく燃えます。

枝たちを弔うように、炎は夜まで。。

二日がかりで、約50本のラ・フランスを切りました。
枝を燃やした火は一昼夜燃え続けました。。

すっかりきれいになった元ラ・フランス園。

ラ・フランスたちの墓標みたい。。

そして一夜明け、すっかり枝も片付き、後にはラ・フランスの墓標のように切り株だけが残りました。この切り株も、知り合いの重機を頼んで抜根します。

葛藤や苦悩や寂しさや情けなさや、様々な感情が入り混じった今回の伐採作業でしたが、その決断については、前向きな判断だったと納得しています。

・・・これで、いいのだ。


つづく

このブログについて
 

山形R不動産メンバーの水戸靖宏が、ある日突然兼業農家になり、戸惑い、苦悩し、時折愚痴を言いながらも、楽しく農地と向き合っていくストーリー。後継者不足で増え続ける空き農地。山形R不動産では物件ばかりではなく、農地や農業も紹介してしまうのか!?


著者紹介
 

水戸靖宏(山形R不動産/千歳不動産・マルアール代表)
山形R不動産の代表であり、千歳不動産株式会社の代表取締役、そして株式会社マルアールの代表も務め、さらに現役の兼業農家として、ラ・フランスやさくらんぼを栽培。

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